兵庫県豊岡市『人、自然にやさしいお店 moko』 『株式会社坪口農事未来研究所』
コウノトリ育む環境共生農業を2つの“女子力”が進化させる
「農ガール」「農業女子」という言葉が一般化し、女性が農業をすることが珍しくなくなり、女性目線の営農スタイルが、地域の農業の新たな可能性を見出すことも少なくない。兵庫県の北側、米の生産地として知られる豊岡市もそのひとつだ。この市は「コウノトリ育む農法」を推進し、農業と環境保全の両立、さらにはそれを商品価値につなげ、地方創生でも注目を集めているが、なかでも個性的な取り組みをしているのが、2人の女性生産者だ。「コウノトリ育む農法」を中核に、人と自然が共生しながら、新たな農と食の価値を楽しく作り上げる2人の取り組みと、その共通点に迫った。
(左)野世英子さん
「人、自然にやさしいお店 moko」代表
1971年兵庫県豊岡市生まれ。企業に就職後、結婚を機に専業主婦に。3人目を出産後、自身の肌荒れを機に、無添加の石けんを自ら作り、評判に。米ぬか配合をきっかけに、夫の実家の田んぼで「コウノトリ育む農法」で米の古来種である「赤米」を作り始める。米ぬか石けん、赤米は豊岡市内の小売店ほか、オンラインストア「人、自然にやさしいお店 moko(http://www.moko-sekken.com/)」で購入が可能。
(右)平峰英子さん
「株式会社坪口農事未来研究所」代表取締役
1967年兵庫県豊岡市生まれ。会社に勤めながら、実家で営農する「坪口農事」の米づくりと事務経理を手伝う。「坪口農事」は当初、義兄が継いだが、病気で亡くなり、2014年に後を継ぎ代表に就任。「コウノトリ育む農法」を積極的に推進、個性的な品種の米や野菜、花などを栽培。2019年に株式法人化し、夫も勤め先を辞めて入社。現在3名体制。ソーラーシェアリング事業も計画中だ。
自然環境を保全し経済も両立「コウノトリ育む農法」
野世さん、平峰さんが行う「コウノトリ育む農法」の田んぼには、コウノトリが日常的に訪れ、人との共生の風景が当たりまえになっている。
「コウノトリ育む農法」の田んぼには、コウノトリの餌となる様々な生き物、それらの餌となる動植物が生息し、食物連鎖を作り出し、農薬や化学肥料に頼らない循環型農業を可能にする。
兵庫県豊岡市、と聞いてピンとこない人でも、「コウノトリのまち」と聞けば、地方創生や農業分野に詳しい人なら、一度は耳にしたことがあるだろう。ここは、日本海に面した県の北端に位置し、関西を代表する温泉地「城崎温泉」や、出石城下町を中心とした史跡、かばん産業が盛んなど、さまざまな特徴を持ち、特に近年はアートのまちとして、全国的、世界的にも注目されている。その主産業は農林水産業や観光業などで、なかでも稲作が広く行われている。実際にまちに足を踏み入れてみると、風景の大半を占めるのが、山と広大に広がる田園風景。そしてその各所の田んぼには、翼を広げると2mにもなる大型の白い鳥がエサをついばむ風景を見かける。豊岡市のシンボルともなっている「コウノトリ」である。
実は豊岡市は、日本で一度絶滅したコウノトリの最後の生息地である。その復活を目指し、1965年から「コウノトリ野生復帰プロジェクト」(※1)をスタート。国と兵庫県、豊岡市、そして市民が連携し、人工孵化、放鳥、自然繁殖と着実に活動を進めてきた。その取り組みは国際的にも評価され、国内外で「コウノトリのまち」として知られるようになった。
その根幹を支えてきたのが「コウノトリ育む農法」(※2)である。
要約すると、田んぼにコウノトリの餌となる生物が生息できる環境を作るため、農薬や化学肥料に頼らない農業をすることだ。従来の農業に比べると手間もかかり、同じ広さの田んぼの収穫量も若干落ちるが、生産されたお米は、地元JAと市が連携し、付加価値のある米として販売促進活動を積極的に行っている。「農業は儲からない」という定説を覆す農業者の収益を確保しながら、同時に自然環境も保全するという、独自の「環境共生型農業」を作り上げている。
生産数は着実にその数を伸ばし、約16年間で豊岡市の田んぼの15.5%に当たる、428haの田んぼが「コウノトリ育む農法」で占めるようになった(2019年現在)。
「コウノトリ育む農法」を行う生産者の中には、個性的な取り組みを行う人も少なくないが、近年特に注目を集めるのが、2人の女性生産者だ。内容は対照的でありつつも、「コウノトリ育む農法」の特徴を活かしながら、従来にはない農業の価値を作り出している。そこにはいくつかの共通点も見つかった。