山口県萩市大島『萩大島船団丸/株式会社GHIBLI』
日本の豊かな海を未来につなぐ、“よそもの”のロマンとソロバン
衝突や失敗は想定内 次の改善につなげればいい
そして2014年、萩市大島を中心とした水産にまつわるさまざまな事業を展開する「株式会社GHIBLI」を設立。坪内さんはその代表となった。
現在同社は、「萩大島船団丸」事業に加え、「粋粋BOX」のノウハウを他の地域に提供し、日本の水産業全体の活性化を目指すコンサルティング事業を行う。また、萩市大島の視察を希望する人々の案内や宿泊施設の手配を行う旅行事業も展開する。
さらに、2019年には規格外パールのブランディング部門「Euripides」を立ち上げた。真珠も同じ水産業。その生産量の減少と、消費者ニーズの減少という課題に坪内さんが直面。これまで価値が低く設定される規格外パールを、技術を持ちながら失業中の宝飾デザイナーに依頼、商品化し、新たなジュエリーブランドとして展開し始めている。
加えて、海の恵みや価値を歌やアートで表現する部門も現在準備中だという。
「事業を多角化することで、会社の利益と働く人たちの収入の安定化を図ります。また、さまざまな角度から水産業に関わることで、当初6次産業化の計画にも盛り込んだ、日本の豊かな海を未来につなげるお手伝いを、さらに拡大できると考えました」
こうした事業の経営に加え、講演や新規事業の立ち上げなど、坪内さんは忙しく国内外を飛び回る。また、山口県内の子ども食堂に参加し、「萩大島船団丸」で水揚げされた鮮魚を提供する活動も行う。もちろん、子育てもしっかりやる。多忙さは加速しているように見える。
そのバイタリティの根元には「余命宣告」があった。大学在学中「悪性リンパ腫」と診断され、「余命半年」と宣告された。それはのちに訂正されるが、その時の感情があるから、どんな多忙でも、どんな困難でも、前に進めるという。
「半年後には、世の中に自分がいた痕跡すらなくなる――その虚しさと恐怖に比べたら、漁師たちとの衝突や、多忙な日々など、全く苦ではありません。そして、余命宣告というきっかけがあったからこそ、価値観が大きく変わり、何も経験もない“よそもの”でも、萩市大島の漁業再生という「使命」に迷わず挑戦できたのだと思います」
「粋粋BOX」からはじまったすべての活動は、日本の豊かな海を未来につなげ、漁業を守るという「使命」だと、坪内さんは言い切る。そしてその「使命」を果たすために、女性起業家として注目される坪内知佳、という自分をも、タレントのマネジャーのように活用していると話す。
「「使命」を果たすためには、自分も含め、あらゆるものを有効に活用しようと考えています。そして、「数字」も重要です。事業を継続させるには、利益を確保しなければならない。冷静にそのバランスを取れるのが、優秀な経営者だと思います。私はそれを「ロマンとソロバン」と表現し、講演でも使っています」
彼女のあらゆる点での冷静さ、客観性は、いい意味で“よそもの”と言い換えられる。その感覚こそが、6次産業化、さらには地方創生を形にする秘訣のひとつと言えるかもしれない。
(文・写真)種藤 潤(一般社団法人オーガニックヴィレッジジャパン)
(取材日)2020年2月吉日
【参考】
※1 農林漁業の6次産業化
一次産業の「農林漁業」と、二次産業の「製造業」、三次産業の「小売業等」が、総合的かつ一体的な推進を図り、地域資源を生かした新たな価値創造を生み出す取り組みのこと。
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sanki/6jika.html
※2 漁業・養殖業の国内生産の動向
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h29_h/trend/1/t1_2_2_1.html
※3 六次産業化・地産地消法に基づく事業計画の認定について
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sanki/6jika/nintei/