ちいきん会特設コーナー
(取材・構成 プレジデント社地方創生プロジェクトチーム)
地方初開催となる「第3回 ちいきん会in福島」を記念した特別コンテンツです。
HealtheeOne 異業種や市民を巻き込んでの医療の業務支援で、地域課題の解決を目指す
いわき市中部・常磐地区の高台にある、いわきFCのクラブハウス。その1階奥に「いわきFCクリニック」が開設された。
地域課題の解決を実現するために
小柳氏はHealtheeOneを2015年に創業。いわき信用組合の地域振興ファンドやVCからの出資、日本政策金融公庫からの融資を受けた。
その小柳氏が目の当たりにしたいわき市の地域医療の課題は何だろうか。一つは医師の数が圧倒的に足りないこと。人口10万人当たりの医師数は全国平均の7割ほどしかなく、県内市町村で最大の人口がありながら、人口当たりの医師数は郡山市の3分の2の水準でしかない。
もう一つは、身近にかかりつけ医が少なく、夜間・休日でも診察する病院が分からないこともあるが、市民が無意識のうちに救急医療を不適切に利用してしまっていること。救急車による搬送者の4割超が軽症患者との統計もあり、2017年にはいわき市が「地域医療を守り育てる基本条例」を定めたほどだ。
「いわき市や各自治体は医師を増やそうとしていますが、おそらく医師不足が解消することは困難でしょう。ならば、少人数で質をキープするには、どうしたらいいのかを考えました」
もちろん、商社時代に実績を残した小柳氏でも、最初から答えが分かったわけではない。知人のベンチャーキャピタリストや成功した起業家や医師、100人ほどに事業計画書を見てもらい、徹底的にブラッシュアップした。結果、3つの柱を持つ事業が立ち上がった。まず「HealtheeOneクラウド」。デジタルトランスフォーメーション(DX)で少人数の職員で医療機関の運営を実現するサービス。外来や往診でPC・タブレットやスマートフォンのアプリケーションに診療情報を入力すると、健康保険や介護保険の請求もできる。
それと一体化したものが「HealtheeOneスキャン」。紙カルテなどの紙文書を手作業でデジタルアーカイブ化するサービスで、医療機関のDXに向けた第一歩として位置づけている。
「HealtheeOneコレクト」は総合決済サービス。クレジットカード、電子マネー、QRコードなど多様なキャッシュレスの決済手段を患者に提供しつつ、社保・国保に対する診療報酬債権の立て替えや回収を請け負うものである。
さらには、新たな医療機関の設立にも参画。2019年1月、いわき市のサッカークラブ「いわきFC」の複合型クラブハウスの一角に「いわきFCクリニック」がオープンした。院長には、いわき市出身の日本トップレベルのスポーツドクターが就任し、若手医師が首都圏から集まっている。また休日・夜間には入院を伴わない一次救急を行い、急な病気で不安な市民が119番を押さなくても相談や診療ができる取り組みとなっている。
そのことで、福島県外から20名を超える医師の招致に成功。さらには、院内の若手医師がテレビ電話を通じて遠隔地のベテラン医師から助言を仰げる体制も整えた。
「このクリニックは、異業種・行政や多様な市民の皆さんを巻き込んで、地域社会の仕組みづくりを実践するための核となる施設。さらには2025年以降を見据え、当社のサービスを導入すれば地域課題の克服が可能だということを『見える形』で示しています」
医師不足の環境下で質の維持向上のために、小柳氏はクラウドやモバイル、IoTを活用したDXを推進しながら、付帯業務をアウトソース化し、キャッシュレスを活用することで地域医療に携わる人たちの生産性の向上を図る。2019年2月には、東京海上日動火災保険と医療機関へのサイバーリスク保険の提供も始めた。
デジタルサービスを安心して利活用することで、医師や職員一人当たりの患者数を増やす一方、彼らの労働時間の短縮化を図り、患者と家族の満足度の向上を図ろうとしている。
「急速な少子高齢化が進む日本は、いわば課題先進国。中でも、東北地方の太平洋沿岸部は特に課題先進地帯ではないでしょうか。ここいわき市でのチャレンジが、これからの国内の各自治体の参考になり、さらには新興国をはじめとする諸外国の参考になると思っています」
目的を実現するために、利益を上げ、事業の継続的な成長が必要とも考えている。 「事業の立ち上げは面白い。ただ、ゼロから1だけではダメ。1を10にして、さらに100、1000にするために、SDGs、サステイナブル・ディベロップメントも必要です」
HealtheeOneの陣容は現在、正社員・アルバイトも含めて25人。事業上の苦労がまだまだ絶えない成長途上である。HealtheeOneも、リスクを取って起業を支えたいわき信用組合も、日本の地域課題の解決に取り組む先端事例となるに違いない。
撮影・茅原田哲郎(1・3ページ)、石井亨(2ページ) 文・石井亨