島×地方創生「一周まわって最先端」の島づくりを離島経済新聞社がレポート
vol.03
五島列島・福江島(五島市)
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LINE、Slack、テレビ会議など柔軟なコミュニケーションを図る五島市
五島市役所を訪れると、「移住者目標 300人」と書かれた紙が張り出されていた。取材に訪れた筆者に声を掛けた移住定住促進係の担当者は、「今日は住民票を移しにきたんですか?」と冗談交りに微笑んだ。
リモートワーク実証実験やワーケーション・チャレンジを担当する五島市の移住定住促進係(地域協働課)は、2018年4月にできたばかりの若い部署だが、2015年から移住相談員を配置し市を通じて移住に至った移住者数は2016年度の66人から、2017年度129人、2018年度202人と着実に伸び目標である200人を達成。2019年度は300人という目標を掲げる勢いのある部署である。
市町村の移住相談窓口といえば、民間業者に委託していない限りは平日の限られた時間のみ、役場や電話等で相談を受け付けるスタイルが主流であるが、五島市では「それでは質問したいときにできない人もいる」と考え、全国の自治体に先駆けて2017年12月からLINE@を開設し、移住相談会などで出会った移住者候補とLINEでつながり、やりとりを行なっている。
現在の登録者数は298人。移住に関する相談を受け付けるほか「今日の五島の天気」など、五島市の様子を届けている。
「2018年度に目標としていた200人を上回ったため、今年は300人という高い目標を掲げていますが、200人を達成した方法で300人を受け入れられるわけではありません」という庄司さん。移住定住促進係の担当チームでは「どんなやり方がいいのか、みんなで考えていきたい」と、日々、アイデアが練られている。
そんな同課の柔軟性はLINE活用にとどまらない。
リモートワーク実証実験やワーケーションチャレンジの事務局運営では、事務局、五島市担当者、参加者など100人規模のコミュニケーションに、ビジネス向けチャットとして世界中で活用されている「Slack(スラック)」を採用し、オンライン上のコミュニケーション空間で活発なコミュニケーションが展開されている。
庄司さんらは「最初は入力するのも恐る恐るでした」と笑うが、今ではSlack上で参加者から「おすすめのスナックは?」と尋ねられれば、地元目線のアドバイスを即時返答。
LINEやSlack、東京在住の運営メンバーを含めたテレビ会議など、柔軟なコミュニケーション手法に順応することも、都市住民を引き寄せるために重要なポイントかもしれない。
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五島に心を揺さぶられた女性編集者
それでは、累計参加者が100名を超え、多くのリピーターや新規創業者を輩出しているリモートワーク実証実験とワーケーションチャレンジは、誰が運営を担っているだろう。両企画の運営事務局で中心を担う鈴木円香さんに話を聞いた。
東京在住の鈴木さんは、大手出版社でビジネス書籍の編集を経て独立。現在は編集者やメディアコンサルタントを生業としながら、アラサー女性の情報サイト「ウートピ」の編集長としても活動する、いわゆるバリキャリ女子である。
鈴木さんが五島に出会ったきっかけは2017年。自身がコメンテーターを務めるイAbemaTVのニュース専門チャンネルで、五島市に移住した女性に出会ったことだった。
「東京でバリキャリだった人が全てを捨てて地方に移住するのがなぜかを知りたくて、番組に来てもらったのが最初でした」(鈴木さん)
この出会いをきっかけに、鈴木さんは家族を連れて10日間の旅程で五島に渡った。「両親も妹も連れて、彼女の家に家族でおじゃましたんですが、その時に『ただならぬ何かすごいもの』があると感じたんです」という鈴木さんが、まず衝撃を受けたのが滞在中にお金を使わなかったことだった。
滞在中は地域おこし協力隊として活動する女性宅に宿泊したが、食材も隣近所からいただいたものが多い印象を受けていた。地域おこし協力隊の給料は月15万円程度だが、彼女は「人生ではじめて貯金ができた」と話し、その暮らしのあり方に鈴木さんは圧倒され続けた。
滞在中、多くの人にお世話になった鈴木さんは、帰りの空港まで送ってもらった時、「お世話になったので何か包まないといけないかな」という考えが頭をよぎったが、「それをした瞬間に何かが台無しになるじゃないか」と感じ、その瞬間、東京ではさまざまな問題をお金を使って合理的に解決していたことに気づいた。「そのことに気づかせてくれた島の可能性を感じました。ただ、風景がきれいとかそういうこと以上に、価値観がゆさぶられる場所だったんです」(鈴木さん)。
それからわずか3ヶ月後、鈴木さんは友人とともに船舶免許を取得するため再び五島を訪れ、船舶免許取得の現場を取り仕切っていた廣瀬健司さんと出会った。
鈴木さんはその直前に、福江島のカフェで見かけた島の写真集に同姓同名の名前が記載されていたことを記憶していた。聞けば、廣瀬さん本人であり地元で活躍する写真家であることがわかり、驚きとともに「五島という土地で生きる人にしか撮れない素晴らしい写真だったから、もっとたくさんの人に届けたくなったりました」と、編集者魂に火がついた。
その後、廣瀬さんはじめ、プロアマ含む地元の写真家約20名に声をかけて写真集をつくる企画を立案。「『毎日が絶景』プロジェクトin五島列島」として2017年11月に制作費を募るクラウドファンディングを実施し、翌年5月10日「五島の日」フォトガイドブック『みつめる旅』の発行に至った。
写真集はウェブで販売したほか、関係者に配布するなどしてすぐに在庫切れとなった。
そしてこの写真集をきっかけに、鈴木さんは『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)の著者として知られる山口周さんやビジネスインサイダー統括編集長の浜田敬子さんに「すてきだね」「五島に行ってみたい」と声を掛けられ、前述の通りリモートワーク実証実験の受け入れ地として、五島市を紹介することとなった。
ビジネスインサイダー主催のリモートワーク実証実験では事務局も担当することになった鈴木さんは、東京の大手企業で広報を担う遠藤貴恵さんの他有志の仲間、五島のメンバーを入れた6人のリモートチームを結成、約50名を受け入れる実証実験を成功させたのだが、話しはそこで終わらない。
わずか2ヶ月後、遠藤さんらとともに五島市で一般社団法人みつめる旅を創業したのだ。
「東京にいる人こそ、救われると思うんです」という鈴木さんは、五島に出会ったことで自身の心の内部で変化が起きたように、都市で暮らすビジネスパーソンが五島を訪れることで「態度変容」を起すことを信じている。そこで、同法人で「みつめる旅 humanity」と命名する研修旅行の運営を開始し、「五島ワーケーション・チャレンジ」運営の公募にも応募。運営を受託した。
一児の母であり、東京で働くバリキャリ女子として生きる鈴木さんは、「私ひとりならすぐにでも移住したい」というほどの熱を抱きながらも、「私が東京にいるからこそ、企業やメディアとつながれて、ターゲットのニーズもわかる」と自身の立場を冷静に分析し、東京〜五島を行き来しながら「意味のある関係人口」をつくることを展望する。