ホームritokei島×地方創生 第2回島×地方創生 第2回 奄美大島(2ページ)

島×地方創生「一周まわって最先端」の島づくりを離島経済新聞社がレポート

「ない」から生まれる創造力の「ある」島へ

vol.02

奄美大島


■ ■ ■


島に暮らしながら島外の仕事をこなす「フリーランス」を増やす動き

たとえば、奄美大島を訪れた人が「働きたい」と感じた時、何をたよりにするだろう。奄美大島は日本の島々のなかでは最大の人口を誇るが、5市町村の人口を合わせても6万人弱。他の地方都市と同じく、少人数地域には仕事の種類は豊富にない。

 

そんな基本課題を前提に、次は奄美市が推進するプロジェクトに注目したい。

 

奄美市では、2017年度から「フリーランスが最も働きやすい島化計画」を進めている。「情報(ICT)」を活用して仕事機会を創出し、移住・定住の促進、子育て世代の在宅での仕事支援を目的にした政策である。


奄美市商工観光部商工情報課内にフリーランス支援窓口を設置し、ネット環境整備やワーキングスペースの整備などインフラ整備のほか、「フリーランス寺子屋」など人材育成セミナーを実施している。

 

なぜこの計画が始まったのか、5年経った今、どのくらいの成果があり、今後の課題は何なのか、担当の森永健介さんに話を聞いた。



■ ■ ■


■「機織り機」と「パソコン」


奄美大島には大学がないため、高校を卒業した子どもたちのほとんどは島を離れてしまう。都市で生活するなか「島に戻りたい」と思っても、前述の通り、島には仕事が豊富にないため、「仕事がない」とUターンを諦める人も少なくなかった。

 

このままでは人口が減るばかりと、市は島内に仕事を増やすべく企業誘致を図るが、離島である奄美大島に進出する企業は少なかった。

 

そこで「フリーランス」と呼ばれる小規模事業者を支援することで「仕事を増やす」方針に舵が切られた。

 

デザイナーやライター、カメラマンなど手に職を持つ人のなかにはフリーランスとして活躍する人も多いが、島の人々にとっては「フリーランス?」と馴染みの少ない言葉だった。

 

しかし思いの外「奄美大島では理解を得るのが難しくなかった」と森永さん。その背景に、奄美大島の伝統工芸・大島紬があった。

 

かつて大島紬は島の一大産業だった。島の女性たちは皆が「織り工」として働き、各家の機織り機で、パッタンパッタンと紬を織る音を響かせていた。

 

最盛期には「当時の貨幣価値で月20万円以上を稼ぐ人も珍しくはなかった」という紬産業はその後、低迷。家に機織り機はあっても紬を織る音は聞こえなくなり、家にいながらできる仕事がなくなった。

 

森永さんは、「昔の機織り機にあたるものが今のパソコンなのです」と言い、「パソコンがあれば子育て世代の人でも家にいながら仕事ができる」と島の人々に伝えると同時に、フリーランスという言葉の意味を島に定着させてきた。


フリーランスを増やすために、奄美市では「5年間で200人のフリーランスを育成すること」「50人のフリーランスの移住者を呼び込むこと」「子育てをしながら稼げる子育てワーカーを支援すること」「年収300万円のフリーランスを育成すること」という、4つの目標が掲げられた。

 

そして、フリーランスの定義を「企業に属さず個人で仕事をする人」と「小規模なスタートアップ」とし、「どこにいてもできる仕事、ここでしかできない暮らし」をテーマに、島外から島に仕事をもってくる環境づくりが始まった。

 

島でフリーランスとして仕事を得るには、インターネットを介して首都圏など本土の企業から仕事を受注する必要がある。

 

仕事は得たいが、右も左もわからない住民のため、奄美市は市役所に「フリーランス支援窓口」を開設し、奄美フリーランス協会の設立を支援。

 

インターネットを介して仕事を得るためのインフラとなるクラウド系企業との連携協定を締結した。

 

さらに、一般市民でもフリーランスとなれるよう、人材育成講座「フリーランス寺子屋」の開催や、オンライン講座、手芸作品をネット上で販売するきっかけとなる「あまみハンドメイド大賞」の開催など、具体的な道筋をつくり、市内全域の光回線の整備やコワーキング施設「コワーキングスペースかさり」を開設するなどハード面も整えた。


これまで35回の講座が開かれたフリーランス寺子屋では、ライティング講座、観光フォトライター講座、ハンドメイド講座などが開催され、のべ参加人数は516名に上る。

 

特筆すべきは、この講座が「ただ学ぶだけではなく、仕事を任される」こともできる点だ。

 

たとえば、メディア等への掲載原稿を執筆するライティングの受講生は、奄美大島の情報発信を行う株式会社しーまからの業務委託で、ライティング業務を経験することができる。初めて行うフリーランス業務に不安がないよう、納期管理や品質管理はしーまが担当。ライティング講座の受講から業務の請負まで至った人だけでも81名存在するという。

 

ライターだけではない。フリーランスの作家として大島紬を利用した小物やポーチを制作する主婦は、奄美市が連携協力協定を結ぶGMOペパボ株式会社が運営する国内最大のハンドメイドマーケット「minne(ミンネ)」を通じて、雑貨の販売を開始。売り上げがのび、実店舗を構えるまでになったという。

 

minneが協力する島のハンドメイドマーケットは毎年話題を呼び、来場者数は、2016年度は500人だったが2018度には800人を超え、毎年30以上の店舗が出店。ハンドメイド作家を生む登竜門となっている。


他にも、2017年に島へ移住した男性は、フリーランス寺子屋に参加したことをきっかけに、島内のライティング案件を請け、島外のライティングの仕事も受注できるようになった。原稿執筆の他に、撮影した素材をテレビ局に提供するなど幅広い業務をこなし、年間260万円以上を稼げるようになったという。

 

こうした動きが、さまざまなメディアで紹介されるにつれ、奄美市のフリーランス支援窓口に相談に訪れる人も増加。中には、移住を検討する来島者も多いという。



■ ■ ■


■次なる課題は、フリーランスが継続する環境づくり


多くのフリーランスを生み出している奄美市だが、今後の課題は「継続」と森永さんは言う。「講座に参加してノウハウは学んだとしても、仕事として継続できる人は多くありません。パソコンを使ってどこでも仕事ができるといえば聞こえ良いものの、実際は営業も会計や事務作業もすべて一人でやらないといけないので大変なこともあります」(森永さん)。

 

スキルが身につくまではひとつの仕事にも時間がかかり、時給換算するとパートやアルバイトで働く方が稼げる場合も多いため、「食べていけない」と諦めてしまう人がいるのだ。

 

そのた奄美市は、高単価の仕事が受けられるスキルが学べる講座を展開するほか、同じ悩みを共有し、チームとして仕事ができるコミュニティを形成することで、フリーランスとしての業務が継続しやすくなるよう、計画のステップアップを図ろうとしている。


南の島でのんびり暮らすことを夢見る人は少なくないだろう。

 

大自然があり、固有の文化があり、人の温かさも感じられる奄美大島に暮らしてみたい人にとって、奄美市の政策は心強い。

 

「奄美大島は素晴らしい場所ですが、住むとなると住居や文化などギャップを感じることもあると思います。移住される皆さんが思い描いていた暮らしをできるよう、市役所全体でサポートしますので何でもご相談ください」(森永さん)