「大分県フラッグショップ・坐来大分」

東京銀座で“大分ブランド”を発信し続ける 人気レストラン

店ひしめく東京銀座で、「坐来大分」はいかに差別化を図り、人気を勝ち取ってきたのか

 地方自治体が首都圏に設立する「自治体アンテナショップ」は、特産品などの物販を主にすることが圧倒的に多い。その中で、2006年に高級レストランとして開店したのが「大分県フラッグショップ・坐来大分」(以下、坐来大分)だ。  
 日本中の名店が集まる銀座で、しかも首都圏ではあまりなじみのない“大分”という切り口で、はたして情報発信基地となり得るのか?そんな傍目の心配はよそに「坐来大分」は今では予約が取りづらいほどの人気だ。「関あじ」「関さば」などの特産品をはじめ、郷土料理の知名度も上げ、大分ブランドの確立に貢献している。総料理長の安心院淳(あじみ・すなお)さん、マネージャーの中村政樹さん、現在の大分県庁担当者である廣田陽祐主幹に成功の要因を聴いた。

総料理長の安心院淳さん(左)と中村政樹マネージャー(右)

 「坐来大分」があるのは、銀座二丁目のヒューリック西銀座ビル8階。黒を基調とした店内は高級感にあふれ、オープンキッチンのカウンターを通り抜けると組子細工が印象的な空間にゆったりとテーブルが配されている。月替わりのコース料理(税・サ別7,500円~、土曜は同5,000円~)にもアラカルトにも、関あじや関さば、臼杵ふぐなど大分県の特産品がふんだんに使われている。営業は夜のみで、個室は会社員たちの接待にもよく使用される。

大分県が誇るブランド魚「関あじ」の造り
流れの早い豊後水道で育った“関もの”とよばれる魚は身が引き締まって美味

「スタッフ全員の現地研修」から生まれる“語り部”たちの力

 「坐来大分のコンセプトは『大分の話をします』です」。安心院総料理長の話は、店の一番の特徴から始まった。
 「当店ではサービススタッフを“語り部”と呼んでいますが、それは料理をサーブするだけでなく、お客様に食材や郷土料理、方言、風土など大分のことをお話して、大分の魅力を感じていただく役割だからです」と話す。
 例えば、メニューの一つ「りゅうきゅう」という郷土料理が運ばれると「こちらは漁師めしで、船上で新鮮な魚をさばいて、保存のため醤油などのタレに漬けたのが始まりです」と説明が付く。

大分の郷土料理「りゅうきゅう」は人気の一品
坐来大分ではたっぷりのネギとワサビを薬味に、カボスを添える

 さらにお客が求めれば、大分の魚がなぜおいしいか、使用されているネギなどほかの食材についても産地のようすや生産者の想いがさらさらとあふれ出す。客たちは海の潮風や船上の漁師の姿を思い浮かべながら、800㎞も離れた東京でこれを味わう幸せを感じて箸をのばす。
 「GWや長期休暇のときは、スタッフ全員が大分へ行って、いくつかの班に分かれて直接、生産者の方々にお会いして話を聞き、首都圏のお客様にお伝えしています」(安心院総料理長)。スタッフ全員が頻繁に現地で研修することで、自分たちの言葉で語れるようになり、光景や想いが客たちの心に届くのだ。

運営会社も一から設計。“大分ブランドの確立”が至上命題

 そもそも、大分県はなぜ首都圏でのアンテナショップをレストラン形式で開始したのだろうか。開業した2006年といえば、自治体アンテナショップが物産販売で話題になってきたころだ。
 「坐来大分を立ち上げるとき、一番の命題にしたのは“大分ブランドの確立”です。大分県には海も山もあって優れた食材も、さまざまな文化もあります。良いものがあるのに東京に伝わっていない。首都圏で大分ブランドを確立していくことを至上命題にしたとき、モノではなく食にスポットを当ててやっていくことが効果的だと決断しました。それを14年間継続してきたのです」と話すのは大分県庁の廣田主幹だ。
 「坐来大分」の運営は、大分県と「大分ブランドクリエイト株式会社」が行っている。「大分ブランドクリエイト株式会社」は、「坐来大分」を設立・運営するために、会社自体を一から設計したものだという。
 ほかの自治体アンテナショップは、設立は県などの自治体が行うが、運営は公募などを実施して既存の会社に委託されることが多い。数年で運営会社が変わることもめずらしくない。
 「委託だと、運営会社が変われば人材や方向性などすべてが変わり、コンセプトが崩れます。ですので、坐来大分では大分ブランドクリエイト株式会社が担うべきことと大分県が担うべきことを整理して組み立て、最初に定めたコンセプトにのっとって両者でずっとやり続けてきました」(廣田さん)。
 運営会社を一から設計することも、行政が運営会社と両輪として運営に携わることも、それが14年間も継続していることも、ほかの自治体アンテナショップではあまり聞かない。