住民組織の強化から始まる歴史的まちづくり
住民組織の強化から始まる歴史的まちづくり
氏名 |
後藤 悠希さん(ごとう・ゆうき) |
所属 | 松江市観光部観光振興課 小泉八雲・セツのドラマ応援室 主幹 |
プロフィール | 島根県松江市生まれ、松江市育ち。広島県内の大学を卒業後、民間企業に8年間勤務の後、2015年松江市役所入庁。保険年金課、農政課、教育委員会学校教育課を経て2024年10月より現職。2025年秋から放送される連続テレビ小説「ばけばけ」を契機に観光部に設置された「小泉八雲・セツのドラマ応援室」で、ドラマの波及効果を観光に生かすべく施策に取り組む毎日。2024年12月と2025年1月に行われた「地方創生カレッジin山陰まんなか」には観光振興課観光戦略係の職員3名とともに参加した。 |
おもてなしの気持ちで観光客を迎え入れる雰囲気を醸成していきたい
NEW! 2025.03.28公開
松江市観光部「小泉八雲・セツのドラマ応援室」の後藤悠希さんは、2024年12月と2025年1月に行われた「地方創生カレッジin山陰まんなか」に観光振興課観光戦略係の職員3名とともに参加しました。2025年秋からはじまる連続テレビ小説「ばけばけ」のモデルである「小泉セツ」ゆかりの地において、客観的なデータなどに基づいた有効な施策を展開し、松江の魅力向上、観光振興へいかにつなげていくか、ここで学んだことや今後の抱負について、お話をうかがいました。
データの活用で現況をつかみ、効果的な観光施策を展開したい
──後藤さんは観光分野に携わるのは初めてだとか。そのうえ2025年後期の連続テレビ小説「ばけばけ」の制作・放送を応援するという、特別な職場の担当になられたんですね。
後藤:そうなんです。9月までは教育委員会に在籍していて配属はまさに青天の霹靂。何から取り組んでよいか分からない状況で不安もありましたが、一方で直接的に市の活性化に資する観光事業に携わることへの期待も感じました。朝ドラについては、「らんまん」の高知県をはじめとし、観光に生かして実績を上げた自治体をお手本にしながらスタートしました。官民学26団体で構成する協議会を昨年12月に立ち上げ、委員の皆さんと協議を重ねながら松江の観光を「化け」させていくための取組みを進めている最中です。
──今回ご参加いただいた地方創生カレッジの研修テーマは「小泉八雲とセツの世界観を楽しむターゲットを探せ」。「ばけばけ」ゆかりの地域でもある島根県中海・宍道湖・大山の観光局にご協力いただきました。
後藤:事前学習では帝京平成大学の全相鎭講師から、観光統計の基礎を学ぶことができました。観光事業はこれまで感覚的に展開されがちでしたが、GPSを利用したりRESASなどのビッグデータを活用したりして、現況をつかんで施策を展開すること、また、来訪者調査やインターネット活用で来訪者の松江へのイメージやニーズを調査することの重要性など多くの学びがありました。
──データ活用では新たな実体験も?
後藤:はい。他自治体の方とのグループワークで使用したのがGPSデータを用いた人流分析プラットフォーム、「ロケーションAIプラットフォーム」です。分析したい地点をピンポイントで登録でき、期間、時間、頻度、来訪者の年代、性別等の属性も詳細に指定することが可能で、非常に精度が高いデータを得ることができると感じました。小泉八雲記念館の来訪者は、60~70代が全体の50%を占めていて50代を合わせると70%で、これは朝ドラの視聴者とも重なっており、「ばけばけ」が訴求する年代がはっきりしました。一方で10~20代の来訪者は10%と低く、若年層へのアピールという課題が浮き彫りになりました。
──データの活用で、観光振興の方向性の確認ができたということですね。
後藤:新たな展開のヒントも見えました。圏域の境港市は、連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」をきっかけに観光地として飛躍的に伸びた自治体です。境港市の水木しげる記念館と松江市の小泉八雲記念館の関係についてデータを見てみると、松江から境港に足を運ぶ割合は7%を超えているのに対し、境港から松江へはわずか3.24%。これは認知度の差が影響しているものと推察されます。どちらも妖怪と怪談ということで親和性が高いので、「ばけばけ」を契機に松江の認知度を高めるとともに、境港と連携するような取組みが必要であると考えています。
2回目の研修では講師の方から、非公式のドラマ考察チャンネルのようなものがあると口コミ的に広がっていくのでは?と、誘客プロモーションについてのヒントとなるお話があり、事例の紹介もしていただきました。話題性を高める切り口も考えていきたいと思います。
データを活用し、効果的な観光施策を検討する
eラーニングで問題解決の糸口が見えてきた!
──参加にあたって受講したeラーニング講座はいかがでしたか。
後藤:観光事業初心者の私としては観光の基本をしっかり押さえておきたかったので、特に「観光データ分析と計画策定1~4」は大変勉強になりました。「観光総生産額」を重視しなければいけないというのはまさにそのとおりで、松江でお金を使っていただいても、消費品目やサービスの原材料を地域外に依存していてはお金が外に流れてしまいます。地域生産品を売ること、増やすことはセットで取り組まなければなりません。「地域経済循環率」の視点も同様で、これを100%以上にしていかなければ地域にお金が還元されないことも腹落ちしました。また、WEBサイトのアクセス解析や、SNSへの書き込みデータといったものから旅マエや旅アトのデータは自組織で取得できるのに対し、旅ナカ(周遊行動)のデータは自組織で取得するのは困難で、外から調達する必要があるといったことも私には初めての学びでした。
──多忙な毎日でもスムーズに学べたのでしょうか。
後藤:動画は活字よりも理解しやすく、20分くらいずつに分けられていたので、理解しづらかったところを自分のタイミングで見直すなど、繰り返し視聴することができて非常に便利でした。要望としては、私のようなその分野の初心者には、もう少し実例の紹介があるとありがたかったです。
オンザジョブトレーニングとともに、このようなオフザジョブトレーニングにも取り組むことで、業務における問題解決の糸口が見えてくることがありますね。業務に課題を感じたり、壁にぶち当たったりしたときに突破口として活用するのもいいと思います。
文化の継承は地方創生の大事な柱。シビックプライドを育みたい
──松江の方にとって小泉八雲はどんな存在なのでしょう。
後藤:松江市では、「ふるさと教育」の一環として宍道湖等の松江の名所や松江にゆかりのある人物を学ぶ小学校があり、小泉八雲については、4年生のときに学びます。私自身も小学生のときに学び、『耳なし芳一』や『雪女』などはストーリーも知っていますが、今回の配属をきっかけに初めて知ったことも多いです。例えば、マッカーサーの軍事秘書として来日したボナー・フェラーズが八雲の愛読者であり、八雲の日本理解を通して戦後日本の象徴天皇制の実現に尽力したことや、八雲の他者への公平で愛のあるまなざし「オープン・マインド」をよく表しているエピソードとして、当時の州法違反でもあった元黒人奴隷マティ・フォリーとの結婚などが挙げられます。こうした八雲の功績と精神を知れば知るほど、八雲が愛した松江を誇りに思えます。そして妻セツについても、八雲の創作活動を支えた功績の大きさは計り知れないですし、八雲同様に「オープン・マインド」な考え方を持っていたことも知りました。そんな「八雲とセツが出会ったまち 松江」の魅力を多くの方に伝えたいという思いが、今は非常に強いです。
その他にも松江が誇れるものは多数あります。松江のシンボル松江城は全国で現存する12天守のうちの1つであり、国宝指定された5城の1つでもあります。また、松江藩松平家7代藩主の治郷公(号:不昧)が茶道「不昧流」を大成したことで茶の湯文化が浸透し、現在にも受け継がれています。2019年4月1日には不昧公没後200年を契機に、官民一体で茶の湯文化と産業を守り、育んでいくために「松江市茶の湯条例」を制定しました。こうした歴史や文化をしっかりと継承していくことは地方創生の大事な柱。そこを大事にしていきたいと考えています。
小泉八雲とセツが出会ったまち 松江の魅力を伝える
──文化の継承には何が必要だと思われますか。
後藤:やはり、地域に対する誇り、シビックプライドを持ってもらうことだと思っています。例えば、岩手県花巻市は市役所に「賢治まちづくり課」という宮沢賢治を冠した課があり、賢治の功績を生かしたまちづくりを進めています。シビックプライドが感じられるまちです。松江も今回、「ばけばけ」で八雲の妻・セツにスポットが当たることを契機に、小泉八雲・セツ夫妻を貴重な観光文化資源として大事にしていきたい。そのためには、八雲とセツは何をしたのか、松江にとってどういう存在なのかを顕彰する機会を充実させることで、地域の皆さんに改めて知ってもらい、「小泉八雲・セツが出会ったまち松江」「小泉八雲が愛したまち松江」というシビックプライドを持っていただけるような取組みを推進していきたいと考えています。
──市民が観光客を迎える姿勢も変わりそうですね。
後藤:おもてなしの気持ちをもって観光客を迎え入れるという雰囲気を醸成し、それを継承していくというのは地道な取組みかもしれませんが、地方が元気であり続けるために必要なことだと思っています。
昨年6月に、「ばけばけ」の制作・放送が発表されたことで、小泉八雲記念館への来訪者が前年比で4割増、小泉八雲旧居は同5割増になるなど影響が出始めています。ドラマ放送開始後はさらに来訪者が増えることが予想されます。山陰への観光は松江城、出雲大社、境港市の水木しげるロード、安来市の足立美術館など、圏域における各地で最も有名なスポットを周遊するパターンが多いですが、松江市内の観光スポットを磨き上げ、松江に長く滞在していただけるようにしていきたいと考えています。また、誘客プロモーションを充実させていくことや、お土産品や体験メニュー等の、魅力的な商品開発も大事ですね。しっかりやっていきたいです。
松江に愛着を持って帰ってくる人が増えるように魅力的な地域づくりを
──後藤さんが描く松江の未来像は?
後藤:観光振興においては、風土や伝統文化など目に見えない魅力を伝えることも重要で、それは小泉八雲が大切にしていたものでもあります。小泉八雲が再話した怪談の世界、松江の魅力を体験できる人気企画として「松江ゴーストツアー」があります。日没時刻の20分前に集合し、市内の怪談にまつわるスポットを回って、語り部が怪談の世界にご案内するというもの。周りが見えないからこそ五感が研ぎ澄まされ、情緒をより感じていただけるようです。見えないものに価値をつけていくことはなかなか難しいことですが、今回地方創生カレッジで学んだデータの活用や観光統計を生かした施策の実践を続けていきながら、松江のファンを増やしていきたいと思います。
──ドラマ応援室での仕事のキャリアは後藤さんにとって貴重なものになりそうですね。今後どのように松江の地方創生に関わっていきたいですか。
後藤:ドラマの波及効果をどれだけ継続できるかは、私たちの市民の皆さんへの働きかけ次第ですね。大きな責任を感じていますが、市役所内はもちろん、民間の皆さんともしっかり連携しながら楽しく取り組んでいきたいと思います。
私は、人口20万の地方都市である松江は生活するにはちょうどよい規模感で、持続可能なまちだと思っています。私は大学卒業後に地元に戻りましたが、松江の子どもたちにはこのまちのよさを感じながら成長してもらい、県外に出ても、松江への愛着からいつかは帰りたいと感じられる、あるいは松江のよいところを市外、県外の人に自慢したいと思える人が増えるように魅力的な地域づくりをし、ブランディングを強化していきたい。今後市役所内で異動があっても、どの分野においても地方創生の観点を持ちながら、市民がこのまちを誇りに持てるよう仕事に取り組んでいきたいです。

後藤 悠希さん
(ごとう・ゆうき)
松江市観光部観光振興課 小泉八雲・セツのドラマ応援室 主幹
[プロフィール]
島根県松江市生まれ、松江市育ち。広島県内の大学を卒業後、民間企業に8年間勤務の後、2015年松江市役所入庁。保険年金課、農政課、教育委員会学校教育課を経て2024年10月より現職。2025年秋から放送される連続テレビ小説「ばけばけ」を契機に観光部に設置された「小泉八雲・セツのドラマ応援室」で、ドラマの波及効果を観光に生かすべく施策に取り組む毎日。2024年12月と2025年1月に行われた「地方創生カレッジin山陰まんなか」には観光振興課観光戦略係の職員3名とともに参加した。
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