住民組織の強化から始まる歴史的まちづくり
住民組織の強化から始まる歴史的まちづくり
氏名 |
沼 泰弘さん(ぬま・やすひろ) |
所属・肩書 |
岡山県津山市役所 産業文化部みらい産業課 主幹 つやま産業支援センター 事務局次長 |
プロフィール |
1973年、岡山県真庭市生まれ。 1993年、国立津山工業高等専門学校を卒業、IT企業に入社。1996年、津山市役所に入庁。2000年、岡山県産業振興財団へ出向し創業支援に従事。2002年、つやま新産業開発推進機構(事務局:商工観光課工業振興係)に着任し地元企業の支援に従事。企業立地課、産業政策課などを経て2014年、新産業創出課でつやま産業支援センターの設立に尽力。以来、地域産業の振興、地方創生にかかわる業務に邁進している。2021年4月より、農林部ビジネス農林業推進室へ異動。 |
地域に“なくてはならない企業”と人財を育成
2021.4.28公開
つやまエリアオープンファクトリー2019での木工体験の様子
写真提供:つやまエリアオープンファクトリー
地域の課題と向き合いカレッジ講座に出会う
──津山市の課題と仕事の概要についてお聞かせください。
津山市は713年の国府(美作国)設置以来、岡山県北の政治、経済、文化の中心として発展した城下町
津山市における年齢別人口の傾向。19歳から50代前半までの比率は全国よりも低い
出所:平成27年国勢調査よりつやま産業支援センターにて作成
沼:当市には平地に築かれた平城(ひらじろ)として有名な津山城があり、古くから岡山県北部の政治、経済、文化の中心として発展してきた歴史があります。しかし現状は、全国の地方都市と共通しますが、津山市も1995年をピークとして人口の減少が続いています。特に顕著なのは、高校卒業後の若者の多くが進学や就職のため市外へ流出し、戻ってこないという状況が続いていることです。
このままでは、藻谷浩介先生が「『地方消滅』の真相と『地方創生』のあり方」講座で訴えられた「地方消滅」が、津山市で現実のものとなってしまうと危機感を感じています。
このような課題を克服するためには、地域全体に魅力ある雇用を創出し、若い人が安心して地元で暮らしていける条件を整えることが必要です。私の仕事はそのための産業支援、地元企業の振興を推進することであり、個人的な歩みとしては2000年に岡山県産業振興財団へ出向し、創業支援に従事したことが契機になっています。市役所に戻ってからは、地場産業支援、企業誘致、市場再生、産業政策などを経験し、個人的には津山ホルモンうどん研究会などさまざまな活動に携わり、現在は2015年に設立した「つやま産業支援センター」(以下、支援センター)の活動に注力しています。
津山市は713年の国府(美作国)設置以来、岡山県北の政治、経済、文化の中心として発展した城下町
津山市における年齢別人口の傾向。19歳から50代前半までの比率は全国よりも低い
出所:平成27年国勢調査よりつやま産業支援センターにて作成
──地方創生カレッジと出会った経緯は?
つやま産業支援センター
沼:事業を推進するために、自分なりに多くの書物などから研鑽を積んできました。そうしたなか、2017年に開設されて間もない地方創生カレッジを知ったのです。庁内のイントラネットの情報がきっかけでした。私にとって魅力的な講座が並んでいて、できるだけ多くの講座に取り組もうと思い、現在までに17講座、土曜・日曜を中心に2時間から3時間程度、集中して受講しました。
多様な講座を受講したメリットは、自分が本などで得た知識を再確認し、肉付けできたこと、また自分が推進したこと、しようとしていることに対して、さまざまな視点から検証できたことです。私にとってカレッジの講座は、医学の世界でいわれるセカンドオピニオンのような存在として、非常に有効だったと考えています。
例えば「地域産業」講座では、地域産業の再生や新産業の創出について学び、「地域の中小企業・産業振興【地域創生入門】」講座では、地域にとって“なくてはならない企業”とはどのようなものなのか、多様な観点から提示されていて、津山での事業の推進に大いに活用できています。
つやま産業支援センター
地域の人財育成を目指す試み
──支援センターの具体的な活動にはどのようなものがありますか。
沼:支援事業の機軸は「地域産業の付加価値創造による魅力ある雇用の創出」です。その機軸に沿う事業の柱として、①産業の集積と成長、②地域企業の高付加価値化、③創業・新事業の促進、④産業人財の育成。現在はこの4つの項目に集約しています。
津山市の移出型(外貨獲得)産業は製造業であり、特に機械製造、木材加工、金属加工などの分野が牽引しています。私たちの活動のベースは地域企業への積極的な訪問であり、目標や課題をお伺いした上で、それぞれに適した支援メニューなどを提案します。例えば、専門家の派遣、高付加価値の製品開発、販路開発、ITの活用、各種情報提供、人材確保、人材育成など、ニーズに基づいた支援をしています。加えて、創業促進やサテライトオフィス誘致、地域内サプライチェーンやBCP構築などの取り組みを進めています。
──4項目に示された人財の育成も大きな課題ですね。
つやまエリアオープンファクトリーでは、企業を訪問してスタンプを集めると景品と交換することができる
写真提供:つやまエリアオープンファクトリー
沼:そのとおりです。私自身を振り返ると、津山高専在学時も、津山市の企業についてはほとんど知らないまま過ごし、同級生の9割は都市圏に就職しました。最初に就業したIT企業から転職する際にも、企業情報がわからないこともあり民間企業ではなく公務員を選びました。だから、若い人たちが津山を出ていく、津山に根づかない、津山に戻ってこない、という事情もわかるのです。
自分の経験も踏まえると、人財育成の第一歩は地元の産業を知り、興味を持つことだと思います。そこで支援センターでは小学生・中学生を対象に、2018年から「つやまエリアオープンファクトリー」というイベントを夏休みに実施しています。
この事業は津山地域(津山圏域定住自立圏の1市5町)のさまざまな企業の現場を見に行き、職場の雰囲気を体感しながら実際にさまざまな体験などもしてもらうものです。
2018年の参加企業は45社、見学者が1,756人。19年は54社、2,380人。金属加工、木工家具、縫製、食品製造、ロボット製作、農園、IT関係など、多くの企業が子どもたちを迎え入れてくれました。小学生は保護者同伴としていることから、大人も地域企業を知る機会になっています。イベント中は路線バスを無料にしているほか、バスツアーなども企画し、多くの参加者が3社から5社を回り企業から提供されたプレゼントをもらい喜んでおられました。
2020年はコロナ禍のためオープンファクトリーは中止となり残念でしたが、このようなイベントによって、子どもたちが生き生きと地元の産業を体感し、将来の人財として成長され、将来この地域に残ってくれる、帰ってきてくれることを願っています。そしてこのイベントの副次的な効果として各事業所の職場環境が改善された事例も出てきており、地域の企業の魅力が高まる契機にもなればよいと思っています。
つやまエリアオープンファクトリーでは、企業を訪問してスタンプを集めると景品と交換することができる
写真提供:つやまエリアオープンファクトリー
スピード感を持って事業推進
──支援センターは2020年、素晴らしい賞を受けていますね。
「イノベーションネットアワード2020」 日本立地センター理事長賞を受賞
沼:「第9回地域産業支援プログラム表彰事業(イノベーションネットアワード2020)」で「一般財団法人日本立地センター理事長賞」を受賞しました。これは全国で地域産業の振興や活性化に成果を上げた取り組みに対して表彰されるものですが、私たち支援センターの高付加価値企業・産業の育成と、先ほどのオープンファクトリーの開催などが評価されたものです。
新たな組織として支援センターを立ち上げたからには、早い時期に目に見える形で成果を出さなければならないという意気込みもありましたが、支援センター設立6年目で受賞することができました。地域活性化の事業にはスピード感が大切だということも、多くの講座で共通して述べられていたことでした。
産業支援のあり方として、私は行政と民間とのミックスが効果的と考えています。
つやま産業支援センターには民間出身のコーディネーターを配置していますが、ビジネス経験と行政の支援がかみ合うことで企業の成長を様々な角度からサポートできるうえ、市職員も民間感覚を現場で感じ成長することができます。結果、現場のニーズに即応でき、企業や支援機関に信頼される仕事ができると思います。
産業支援は目に見えない地域企業との信頼関係を築く(根を張る)ことがベースであり、そこから経営者などへの動機づけ、そして生まれたビジネスの芽をどう成長させられるかが鍵といえます。
しかし、私一人がこのような意識を持っていただけでは、今回の成果を得られません。私の周りには意識を共有するスタッフがいて、目的意識を持った仕事ぶりと企業や関係機関も含めた信頼関係こそが受賞に結びついたのだと確信しています。
「イノベーションネットアワード2020」 日本立地センター理事長賞を受賞
──今後の活動については、どのような展望をお持ちですか。
沼:これまで市内の製造やITの事業者はほぼすべて訪問しましたが、つくづく感じるのは、雇用が安定している事業所はどこも、社員が自分の会社について周囲の人たちに自信を持って話しており、入社希望者を自社に紹介しているという事実です。つまり社員が、会社から大事にされているという実感を持って働いている、そのような職場に誇りを持っているということです。
私たちのさまざまな支援事業は、究極的には社員が誇れる会社を津山に増やしていくことになるのだと思っています。地方創生カレッジで学んだ地域にとって“なくてはならない企業”というのも、このような企業だと思うのです。
新しい事業としては、Society 5.0の実現に向け、IT導入やソリューション開発などを促進し、津山のIT産業を活性化したいと考えています。当市のIT企業の従業員比率は全国平均の半分程度です。人口減少の中、各産業分野でITを活用した生産性向上が求められていますし、津山にいながらにして全国、世界を相手にできる産業ですから、この分野の発展は未来に大きく貢献すると思っています。
沼泰弘さんからひと言アドバイス
最も印象に残った講座は、藻谷浩介先生の「『地方消滅』の真相と『地方創生』のあり方」でした。藻谷先生は人口動態の実相を具体的な数値で示し、何もしなければ否応なく地方都市の人口は減少し、地方の消滅が現実化することをデータで訴えました。しかし次には、消滅しかかった地方都市が見事に再生した事例を、具体的に示してくれました。地方の再生とは、新幹線が通るとか通らないとか、そんな問題ではないことを熱く語ってくれたこの講座は、全国の自治体の職員に見てもらいたいです。
これから増やしてほしいのは自治体DX(デジタルトランスフォーメーション)やIT関連の講座です。また、地方創生を実際に担った人の体験談を紹介してほしいです。特に、地域ごとに多種多様な条件があるなかで、どのような活動を行ったのか、困難をどのように乗り越えたのかなどの事例は、あとに続く私たちに多くのヒントと勇気を与えてくれます。ぜひお願いしたいと思います。
沼 泰弘さん
(ぬま・やすひろ)
岡山県津山市役所 産業文化部みらい産業課 主幹
つやま産業支援センター 事務局次長
[プロフィール]
1973年、岡山県真庭市生まれ。
1993年、国立津山工業高等専門学校を卒業、IT企業に入社。1996年、津山市役所に入庁。2000年、岡山県産業振興財団へ出向し創業支援に従事。2002年、つやま新産業開発推進機構(事務局:商工観光課工業振興係)に着任し地元企業の支援に従事。企業立地課、産業政策課などを経て2014年、新産業創出課でつやま産業支援センターの設立に尽力。以来、地域産業の振興、地方創生にかかわる業務に邁進している。2021年4月より、農林部ビジネス農林業推進室へ異動。
主な受講講座
- No.004:地域ビジネスモデル
- No.007:地域産業
- No.017:地域に飛び出す公務員
- No.030:効果的なマーケティング
- No.034:イノベーション【地域創生入門】
- No.037:地域の中小企業・産業振興【地域創生入門】
- No.040:事例に学ぶ地方創生の歴史的意義と現代的課題
- No.046:地方創生の戦略と新たな方向性
- No.047:地域活性化のマーケティング
- No.048:地場産業のブランディング
- No.076:地方創生の課題と成功する地域の条件
- No.108:人材×組織×マーケティングによる地域活性化戦略
- No.121:地方創生に関する施策の紹介
- No.124:「地方消滅」の真相と「地方創生」のあり方
- No.137:実践による革新的企業と革新的地域に学ぶ持続的成長のカギ
- No.155:企業の魅力を伝える求人票制作講座
- No.169:デジタルが社会・経済・産業・地方を変える