地域づくりは人づくり~ 都市で学んで地域で輝くモデルを構築
東京都千代田区
株式会社三菱総合研究所プラチナ社会センター
主席研究員 松田 智生 氏
三菱総合研究所は2010年、環境問題、高齢化問題、雇用問題という日本が抱える3つの問題の解決方法と新しい社会モデルを示すため、プラチナ社会研究会を立ち上げた。約540の産官学の企業・団体が集う同研究会の分科会の1つ、「丸の内プラチナ大学」には地方創生に関係するさまざまなコースがあり、なかでも「ヨソモノ街おこしコース」には、地域のために何か貢献したいと志す首都圏のビジネスパーソンが集結。「丸の内で学び、地域で輝く」をキーワードに、地方創生の準備を一歩踏み出し始めた。
主な取り組み
◎プラチナ社会研究会
◎丸の内プラチナ大学・ヨソモノ街おこしコース
さまざまなキャリアを持つ受講生たち
――地方創生に対する御社の取り組みについてお話しいただけますか。
松田:三菱総合研究所で2010年に立ち上げたプラチナ社会研究会についてお話しします。この研究会は次世代の社会モデルを考える組織で、産官学から約540の会員(2017年1月現在)が参加しています。“プラチナ社会”とは、シルバーのように錆びることなくプラチナのように上質に輝き続ける高齢社会の理念であり、高齢化問題だけでなく、環境問題や雇用問題を含めて日本が直面するさまざまな課題を解決した未来の社会像として我々が提案しているモデルです。
――具体的な活動の一端を地方創生との絡みで教えてください。
松田:研究会では年4回の総会や特別セミナーがあり、約10の分科会が動いています。テーマは、まちづくり、ライフスタイル、復興、産業など、内容はすべて地方創生に関連しています。そして、分科会の1つに2016年に、一般社団法人エコッツェリア協会と連携して開始した「丸の内プラチナ大学」があります。ここでは農業やCSVなど7講座がありますが、私は「ヨソモノ街おこしコース」という講座を担当しています。
「丸の内で学び、地域で輝く」をキーワードに、20代から60代までの首都圏のビジネスパーソンだけでなく、医師、建築家、自治体職員、そして定年退職後の“自分探し”をしているシニアなどが集っています。受講生の特徴は、「いくら稼ぐかより、何か貢献したいという思いが強い」ことではないでしょうか。そういう方々が、各地で良い意味での“ヨソモノ”になるために学び合う講座を目指しています。講義を重ねるなかで面白い現象が生まれます。金融機関の方が、「収益より社会性が大切だ」と言ったり、一方でNPOの方が「社会性も大切だけどビジネスとしての自律性も重要だ」と主張し、異質な人材がぶつかり合うと“化学反応”が起こるのです。彼らが連携してアイデアを考えることで新たな価値が生まれるでしょう。
地域への関わり方は多様であるべき
――ヨソモノ街おこしコースが目指す具体的な人材像はどのようなものですか。
松田:地域を実際に回ると課題満載ですが、人材が足りない。「プロジェクトマネージャー不足」を感じます。観光、農業、教育、移住などありとあらゆる分野で、プロジェクトを企画して推進する担い手の人材が不足しています。地方自治体の職員は日々の業務で多忙であり、新たな取り組みになかなか時間がとれません。また専門性や人脈も不足しがちです。ですので、ヨソモノ街おこしコースでは、地域のプロジェクトマネージャーたる人材を育成したいのです。今、地域で頑張っている人たちはいますが、それぞれはまだ点の動きなので、それらを線にして、さらに面にしていくことも重要です。
地方創生の活動のためには、関わり方は多様であるべきです。今の会社を辞めて地方移住せずとも、今の仕事の新規事業として取り組んでもよいですし、週末移住や二地域居住から始めてもよいと思います。また最近では、企業でも兼業が認められつつあるので、パラレルキャリアやセカンドキャリアとして地域の担い手になることも可能でしょう。「移住ありき」でなく「集うありき」です。まずは地方に関心の高い人々の交流人口を増やすことが大切ではないでしょうか。
――地方創生のやり方は、移住者をつくること以外にもあるというわけですね。
松田:実際、地域では良い意味でのヨソモノのチャンスが多々あります。移住して起業して社長になることは無理だけれども、営業マンがその経験や人脈を生かして、この分野の営業部長ならやりたいという人は少なくありません。そういう人が現地の人々のサポーターから始めて、将来は地元の方の右腕になり、さらに本格移住して担い手になるコースもあるでしょう。
ちなみに、私は「人生二期作・人生二毛作」と提案しています。二期作は米と米といったように同じ種類を2回つくるものですが、二毛作は米と野菜といったように違う種類をつくります。例えば営業マンがリタイア後も、同じ営業の分野で活躍することは二期作ですが、まったく新たに農業の生産や、子供の教育に取り組むような挑戦は二毛作であり、地域で輝く人生二期作・二毛作のライフスタイルもあるはずです。
すべては現地の人たちとの対話から始まる
――丸の内プラチナ大学では現地視察ツアーも実践していますね。
松田:まず東京の丸の内で対象となる市町村の課題を学びます。講座では、市町村の首長や地方創生担当職員やすでにヨソモノとして頑張っている方が登壇して、「わが街の課題」を語ってもらいます。受講生はそれらの課題をどう解決するか討議し、ビジネスプランを提出します。市町村の職員にとっては、そのビジネスプランはアイデアの宝庫であり、次年度の施策にしたいと思える提案もあるようです。講座終了後には、市町村の地酒や食材で懇談会となります。やはり酒や食は人を引きつける大きな魅力や資源であり、懇談会は話が尽きないほどです。
現地視察ツアーは、例えば鹿児島県の徳之島にある伊仙町では、単に視察だけでなく、地元の方、移住して活躍中の方、島で働く方、そして自治体職員を交えてのディスカッションを重ねました。
この際に重要なのは、きちんとした対話ができることです。その点で、地元高校生70人とのワークショップは大きな学びの機会になりました。
ワークショップのテーマは「キャリア」です。まず受講生が初対面の生徒たちに向かって自分の仕事を紹介するのですが、それがうまくできるか、高校生にしっかりと伝わり、自分のことを理解してもらえるかが非常に重要です。受講生には、IT、金融、不動産といったビジネスパーソンから、建築家、医者、キャビンアテンダントなど多様なキャリアの人がいます。高校生は、彼らの「働く論」を聞き、キラキラと目を輝かせます。つまらない時は、素直につまらなそうにしています。高校生に自分のキャリアをわかりやすく説明するのは簡単ではありません。このワークショップで一番学んだのは、もしかしたら受講生自身だったかもしれません。
――一方的ではない、きちんとした対話によってしか相互理解は深まりませんね。
松田:「半学半教」という言葉を福澤諭吉は残していますが、半分学んで半分教えるような双方向の精神が大切だと思います。良い“ヨソモノ”は、教えるだけでなく、地域では互いに高め合える関係をつくらなければなりません。それには対話ができなければならず、対話ができて初めて市民・公共・産業の“三方一両得”への一歩が踏み出せると思います。
そして、対話を成立させるためには、周波数を合わせるような“チューニング”が必要だと思っています。私は「いきなりヨソモノの始動はケガのもと」と言うのですが、東京のビジネスの論理がそのまま地域で受け入れられるとは限りません。地域には固有の課題や事情があります。私たちは「丸の内で学び、地域で輝く」を標榜していますが、地域へ行く前に、その地域の課題を理解し、何をどのように、どのような言葉で伝えるかも含めて、綿密な準備・助走期間が欠かせないのです。これをチューニングと言っているのです。
この助走期間のチューニングのなかで、受講生は提案力だけでなく、しっかり聞く“傾聴力”やしっかり問う“質問力”を磨く必要があります。
地方創生はハコモノのハードをつくることではありません。「地域づくりは人づくり」です。人材育成は長い時間を要しますが、未来のために絶対必要な投資です。まずはヨソモノと地域の方が双方輝く小さなサクセスストーリーを積み重ねていくことが大切でしょう。その成功要因を共有すれば、「私もやってみよう」と一歩踏み出すヨソモノが増えていくのではないでしょうか。
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プロフィール
松田 智生(まつだ・ともお)
1966年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。専門は超高齢社会の地域活性化、アクティブシニア論。2010年に三菱総合研究所の政策提言プロジェクト「プラチナ社会研究会」を創設。2015年より高知大学客員教授を兼務。政府日本版CCRC構想有識者会議委員、内閣府高齢社会フォーラム企画委員、高知県移住推進協議会委員、伊豆半島生涯活躍のまちづくり検討会議委員、国際ホテル・レストランショー企画委員など官民で数多くの委員も務めている。著書に『日本版CCRCがわかる本』(法研)、『フロネシス10 シニアが輝く日本の未来』(丸善プラネット)、『3万人調査で読み解く日本の生活者市場』(日本経済新聞出版社)などがある。(写真提供:丸の内プラチナ大学)
DATA
組織・団体名 株式会社三菱総合研究所
住所 〒100-8141 東京都千代田区永田町2丁目10-3
設立 1970年
Webサイト http://www.mri.co.jp/
組織図