小さな島から社会を変える
島根県隠岐郡海士町
株式会社巡の環
代表取締役 阿部 裕志 氏
主な取り組み
◎地域づくり事業(地域に根ざす)
・行政からの委託事業(海士町版地方創生総合戦略策定の事務局、海士の本氣米プロジェクト、海士町景観計画づくりなど)
・町内団体への組織開発コンサルティングなど
・村上家資料館指定管理
◎教育事業(地域から学ぶ)
・「海士五感塾(人間力を磨くプログラム)」の開催
・「めぐりカレッジ(地域を担う人材の養成プログラム)」の開催
・企業向け研修プログラムの提供(株式会社日立製作所、イオンリテールワーカーズユニオン、サントリー労働組合、味の素労働組合、復興庁など)
◎メディア事業(地域を伝える)
・海士の特産品を売る通販サイト(海士Webデパート)の運営
・Web制作
・島外(主に東京)で開催される、海士の人や食材を通じた交流イベント「AMAカフェ」の開催
・島内情報共有SNS「あまだねくらぶ」の運営
など
「ないものはない」を合言葉に、小さな島の総力戦

海士町の玄関口にある「キンニャモニャセンター」
――阿部さんはトヨタを辞めて海士町に移住し、「巡の環」を起業されました。何がきっかけになったのですか。
阿部:より早く、より安く、より良いものをつくっていくという競争を世界のなかでやっていくと、やはり一緒に働く関連先メーカーや競合他社に皺寄せがいきます。特に今は生き残りのパイが小さくなっていて、落ちこぼれていく人が多いし、残った人も何か後ろめたさを感じています。今の社会の成り行きの延長には、僕たちにとって幸せな社会はやってこないのではないかと思いました。次のステージとして、もう少し共存していける社会のあり方を模索できないかと考えていた時に、海士町という島があって、島まるごとで持続可能な社会を目指しているという話を聞いて、遊びにきたのがきっかけです。
――なぜ海士町だったのでしょう。ほかは検討されなかったのですか。
阿部:ほかと比べたわけではないですが、魅力的な町長がいて、課長たちがいて、Iターンした先輩や地元の若い仲間が島を良くしようと一所懸命にやっています。これだけ恵まれた環境で文句を言うようなら、自分はどこに行っても文句を言うだけだろうと思いました。
役場の職員も、未来を見て動いています。目先のことではなく、明日の子どもたちのために何をすべきかという正論を、真剣に議論します。僕は、こういう町に住んで、一緒に町を良くすることに関わりたいと思いました。
――海士町は「ないものはない」をキャッチフレーズに、行政と住民が一体となって島おこしに取り組んでいます。もともと住民の意識が高い地域なのでしょうか。
阿部:島のさまざまな問題を“他人事”ではなく“自分事”として捉えている人が、圧倒的に多い気がします。これは小さな島の特徴だと思いますが、加えて、海士町が町村合併しないという判断をしたことが大きかったと思います。
これは僕たちが来る前のことですが、町村合併の可否を決めるにあたって、町の職員は14集落を回り、財政のシミュレーションを見せて説明したそうです。その時、海士町の財政は破綻寸前で、まず町長が、自分の給与をカットすると言い出しました。すると課長たちは、自分たちの給与もカットしてほしいと町長に談判し、職員組合は賃下げ交渉をしたらしいです。教育委員も町議も自ら報酬をカットし、島民もそれを知っているので、バス料金の値上げをしてほしい、補助金を返上するといった声が島民から上がったそうです。この危機感の共有は大きかったのではないかと思います。
島を学校に、持続可能な社会の担い手を育てる
大事なのは、地域が課題解決を諦めないこと


海士町の旧家を改装した村上家資料館。「巡の環」はこのなかにある
――いくつか研修プログラムを実施されているなかで、地域コーディネーターを養成する「めぐりカレッジ」について教えてください。
阿部:「めぐりカレッジ」は、地域の担い手を育てて、海士以外の地域を良くしていくための事業です。入門コースでは2泊3日の合宿を、中級コースは半年間のプログラムで、3泊4日の合宿のあと、それぞれが地方で実践している活動をオンラインでサポートします。スカイプなどを使って、ケーススタディによる学習、個別カウンセリングやグループディスカッションを行い、半年後に成果報告発表のイベントを主に東京で行います。現在は入門コースのみを行っています。
――合宿ではどういうことを学ぶのですか。
阿部:地域について学ぶ座学だけでなく、フィールドワークやワークショップを行います。フィールドワークでは地元で活動している人の現場に赴いて背景を探ったり、ワークショップではさまざまな手法を使いながら地元の方と深く対話したりするなかで、参加者の意識が変わっていきます。「巡の環」の研修は、知識や技能を学ぶというより、意識が変わることを目指しています。“自分事化”とか“当事者意識”というように、意識が変わらなければ行動も本当には変わりません。
――地域コーディネーターとはどういう人材なのでしょうか。
阿部:地域コーディネーターとは、「いなかセンス」と「とかいセンス」を合わせ持つバイリンガルのことです。「いなかセンス」は「その地域の想いをちゃんと聴ける力」で、「とかいセンス」は「その想いをちゃんとお客様に届けられる力」と僕たちは定義しています。
地域の課題はきりがなくて、きっといつの時代にもなくなることがありません。大事なのは挑戦し続けることで、この人口減少社会ではギブアップした地域から消えていってしまうのが正直なところでしょう。地域の課題はいろいろで、内部だけで解決しようとしてもできることには限界があるので、地域の想いを受け止めながら、外部を巻き込んでいく能力が求められます。「めぐりカレッジ」は、そういう人材を育てようとしています。
――今後、どのような事業展開を考えていますか。
阿部:3つあります。1つは、一緒に起業した信岡良亮が、東京に拠点を移して「地域共創カレッジ」を始めました。都会側から、都会と田舎の共創関係をつくり出していこうというものです。宮城県女川町、岡山県西粟倉村、徳島県上勝町と神山町、そして海士町の5つの地域が関わっていて、都会にいながら地域に関わって何ができるかを、身銭を切って学びにきている方が今、20人います。今後、彼らのような地域の応援団とどういう関係性を築いていくのかが重要になってくると思います。
もう1つ、ビジネス・ブレークスルー(BBT)大学とのコラボで、海士町にサテライトキャンパスを置くというプロジェクトが始まっています。BBT大学の学生が海士町に住んで、オンラインで授業を受けながら、現場で実践して地方創生を学ぶことを始めています。
3つ目として、地方創生の一環としてJICAと海士町が提携をして、アフリカ諸国など発展途上国から研修生が学びに来ることも始まりました。都会のように便利さを追求するだけでなく、地域にあるものを見つめ直して自分たちらしく生きていこうという、「ないものはない」という海士町の精神が、先進国と比較してないものねだりをしがちな発展途上国の方々に新たな気づきをもたらし、道しるべになりうることを実感しています。
将来的には、海士MCA(Master of Community Administration)大学院を構想しています。MBAはビジネスですが、MCAはコミュニティについて学ぶ。地域、国、会社の組織など、コミュニティ(=人の集まり)をより良くするための1年間の学びのコースをつくって、海士町で学んで修士号が取れるようなことを事業としてやりたいと考えています。
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プロフィール
