旅行会社のノウハウを生かして地域と向き合う
東京都品川区
株式会社ジェイティービー
グループ本社 国内事業本部 観光戦略室 観光立国推進担当マネージャー 山下 真輝 氏
株式会社ジェイティービー(以下JTB)は、誰もがよく知る大手旅行会社。旅行業のスキルを生かし、“地方創生”という言葉が一般化する以前から、各地域の行政や関係団体と協働して地域の活性化事業に取り組んできた。現在は、それと並行してデスティネーション・マネジメント・プロデューサー(Destination Management Producer:DMP)という地域活性の専門家育成や教育にも力を入れている。
主な取り組み
◎観光を基軸とした地域の活力を呼び起こす「地域交流プロジェクト」
◎地方のブランド化促進、地方の広告宣伝、外部顧客からの需要喚起を促す「地域マーケティング事業」
◎地域の観光事業者と行政、各産業・商業関係者を結び、連携を取りながら行う「地域マネジメント事業」
◎地域へ入っていくDMP(デスティネーション・マネジメント・プロデューサー)の育成
など
国が“地方創生”を打ち出す以前から、地域に寄り添う活動を行う
――JTB観光戦略室は、早い時期から地域と向き合った活動を行われてきたそうですが。
山下:“地方創生”という言葉が出てきたのは、最近のことです。しかし、私たちJTBは観光を基軸にした地域活性事業を「地域交流プロジェクト」と呼び、10年前から行ってきました。
JTBは旅行会社として創業してから100年以上経っている会社です。旅行商品をつくったり、企画をしてお客様をお連れしたりということだけでなく、観光地にしっかり向き合って地域を活性化させるということも設立当初から行ってきました。2006年の分社化を機に、さらにそこからきっちりと地方創生をプロデュースする会社になっていこうと、社内の人材育成、さまざまなソリューション、メディアの開発など、地域に向かい合うことに取り組み始めたのです。
現在でも100人以上の社員が地域の観光協会や行政、中央省庁などに出向しています。行政の観光政策現場にも、JTBの社員はかなりいます。私たちが長きにわたって、地域交流プロジェクトという地方創生の動きを進めてきた結果が、この100人以上という数字に現れているということです。
地域と二人三脚で活動することが大切
観光を基軸とし、地域の商品価値のマネジメントと、その地域のマーケティングという双方向の活動を行う。
――地方創生の課題と、それに対する御社の活動についてお聞かせください。
山下:観光振興というのは、現在の地方創生のなかで最優先課題となってきています。しかし、ここにたどり着くまでにはいろいろな課題がありました。観光振興を推進するためには、観光振興の司令塔としての組織としてデスティネーション・マネジメント・オーガニゼーション(Destination Management Organization:DMO)を立ち上げることが大切であり、大きな課題となっています。社内でも、7~8年前からそのために活動できるデスティネーション・マネジメント・プロデューサー(DMP)を育成する制度を整えてきました。
DMPとは、JTBの全国各地の支店付けの社員となり、旅行、イベント、地域活性化など、地域に根ざした各種活動をトータルでサポートするプロデューサーとして活動する人材です。人によっては、10年以上1つの地域に向き合って、外から来た人でありながら、すでに地元の人というふうに認知されるぐらいに地域に入り込むのです。なかには地元出身の社員もDMPとして活躍しています。
DMPの育成は、業界のなかで最近始めるところが増えてきました。しかし、私たちは10年近く前から取り組んできたため、先行してきたという強みはあると感じています。
JTBの旅行業務のノウハウを生かし、地域の問題解決と長期的な観光客誘致を行う。
――DMPの役割とはどのようなものですか?
山下:観光振興に関する各種調査、観光プロモーション、人材育成事業の受託、商品開発、海外の旅行事業者向けの現地視察旅行であるファムトリップの企画、修学旅行の受け皿づくり、スポーツイベントプロデュースなど、地域の交流人口拡大につながるさまざまなプロジェクトに関わり、地方創生を行う地域のさまざまなプロデュースを行っています。
そもそも旅行業とは、地域の人を外に出す仕事で、外からの人を集めるというものではありません。集客と送客は似て非なるものです。ただし、ノウハウ的に共通する部分は少なくありません。さらに、私たちは仕事柄、これまでに海外へ何度も赴く機会がありました。そこで見た観光地のあり方や政府観光局の取り組みを知っていますし、さらには政府観光局というDMOと直接やりとりしてきた経験など、旅行業のなかから生かせる知見を数多く保持しています。
一方、地方創生には地域住民など長期的にその地域のために働く人が必要になるため、やはり地域主導が大前提であるとも考えています。例えば、まちづくり会社でも、行政の受け入れ担当者でも、高い問題意識を持ち、地域の主体性を持ってやっていこうという人がいないと、うまくいかない場合が多いでしょう。
これらのことから、地域の課題やマーケティング手法、地域住民を巻き込むためのファシリテーションなどさまざまなスキルを身につけることで、旅行業務のセールスをしていた社員から、DMPに育てることができると考えています。
――DMPの育成プログラムについて聞かせてください。
山下:希望者から選抜し、3カ月にわたり月に1回の頻度で、1泊2日程度のプログラムを行います。プログラムの最後には、課題として自分のプロジェクトを作成し、プレゼンを実施。プレゼンが一定レベルになれば、DMPとして認めるという内容です。研修でDMPに必要な知識を得て資格認定されたあとは、それぞれの地域会社のマネジメント下で動いていくことになります。
また、認定1年後にはもう1回フィードバックの研修を行っています。研修後も、各地の地域交流プロジェクト専門のセクションが各DMPをフォローする体制を取っています。
――DMPにはどんな能力が必要だと思われますか。
山下:やはり、世の中の市場動向を把握し、地域でどのような取り組みが必要になるかというマーケティングの発想が何よりも大事です。そして、一過性ではなく、継続的な観光地域づくりに発展させるために、みんなの心をひとつにするような地域住民参加型の企画を考えられる能力が必要でしょう。年間を通じて、全国でさまざまなイベントが開催されている現在、地域とその観光を盛り上げるためには、かなりニッチですが、非常に質が高く、かつ地域の物語性を含んでいる企画を考えられることが重要になってきます。付け焼き刃的なものではなく、地域のブランディングにつながるものをしっかりと捉えなくてはいけないと思います。
世代間や地域でゴールを共有化することがポイント
――JTBならではの活動を踏まえ、これからの地方創生に求められるものは何だと考えられますか。
山下:地方創生の成功談が語られる地域は、世代間継承がうまくいっているケースが多いです。そのことから、子どもたちへの教育も含めて、地域への愛着を持つための丁寧な啓蒙活動が必要だと感じます。例えば、子どもたちには、教科書に書いてある歴史だけでなく、自分たちの地域に現代まで受け継がれている歴史や食べ物や観光地を学んでもらうのです。関ヶ原の戦いを知っていても、自分を育んでくれた地域の歴史を知らなくては、子どもたちは地元に愛着を持てません。
名物の食べ物にしても、実はもともと地域の労働者の食べ物だったものが多い。ソウルフードは多くの場合、地域産業の歴史の裏付けがあります。このような事柄を学ぶだけでも、地域へのこだわりや愛着の度合いが違ってきます。
高校生が進路を考えるにあたり、いずれは地元に戻ってきたいと思って出て行くのと、そうではないのとでは、将来のまちづくりの様相が変わります。このような観点からも、子どもたちに対する教育、啓蒙活動は絶対に欠かせません。
さらに、大人に対しては特定の人だけが儲かる話にしないことがとても重要でしょう。さまざまな人に対して「これはあなたの業種にとってもこういうメリットがありますよ」と利害調整をきっちり丁寧に説明し、目指すゴールを地域全体で共有していくことが、これからの地方創生に求められるものだと考えています。
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プロフィール
山下 真輝(やました・まさき)
1969年福岡県北九州市生まれ。1993年4月株式会社ジェイティービー入社。2007年2月、株式会社JTB九州 地域活性化事業推進室に配属。翌年、同室長に就任。2010年より株式会社ジェイティービー 旅行マーケティング戦略部 地域交流ビジネス推進室 観光立国推進担当マネージャーとなり、観光庁霞が関対応チームとして活動開始。現在は、部署名変更により、国内事業本部 観光戦略チーム 観光立国推進担当マネージャー、日本版DMOサポート室室長。
DATA
組織・団体名 株式会社ジェイティービー グループ本社 国内事業本部 観光戦略室
住所 〒140-8602 東京都品川区東品川2丁目3-11 JTBビル
設立 2006年
Webサイト http://www.jtb.co.jp/chiikikoryu/jirei/jirei_14.asp
組織図