1. ホーム
  2. 地方創生実践事例
  3. 起死回生、従業員全員が知恵を出し生産性を向上

起死回生、従業員全員が知恵を出し生産性を向上

小川晴也氏

神奈川県足柄下郡箱根町
株式会社一の湯
代表取締役社長 小川 晴也 氏

箱根エリアに7店舗の旅館・ホテルをチェーン展開する「一の湯」は、寛永7(1630)年創業の箱根で2番目に古い老舗温泉旅館だ。1970年代に2店舗目(ホテル)を開業して以降、経営不振に陥るが、“人時生産性”を中心にした管理手法を導入し、30年がかりで経営を改善、従業員の賃金も向上させた。近年は、芸者芸能、寄木細工、各種農園など地域資源を生かした商品開発にも注力し、外国人をはじめとする新規顧客の獲得に取り組んでいる。

主な取り組み

◎低価格の温泉旅館・リゾートホテルのチェーン展開(箱根エリアに7店舗)
◎生産性向上による業務効率化、付加価値の拡大、賃金向上
◎生産性の見える化と全従業員の自発的な取り組みの促進
◎地域資源を生かした体験プランなどによる新規顧客の獲得
◎掲示物などの英語併記による訪日外国人対応
 など

苦境のなかで出合った“生産性”の理論

一の湯本館外観

塔ノ沢一の湯本館は風情ある4層建て数寄屋造り。2009年、国指定登録有形文化財に指定された。

――1970年代から1990年代にかけて苦しい経営が続いたとお聞きしています。


小川:私が入社する4年前、1974年に当社初の2店舗目としてホテルを新築・開業したのですが、これが苦境の始まりでした。しかも一方、本館はと言えば、団体客が多いのに川沿いに立地する関係で拡大もできない。箱根有数の老舗旅館でありながら、結局その後のバブル期も、周囲は賑わうなか、当社は立ち直れなかったのです。

 八方塞がりの状況で門を叩いたのが戦後日本を代表する経営コンサルタント、渥美俊一先生が立ち上げたペガサスクラブでした。1985年のことです。その後、渥美先生にいろいろなことを教わり、当社の状況でも取り組めそうな「これだ!」という方法に出合いました。


――それはどのような方法なのでしょうか。


小川:1人1時間当たりの粗利益高“人時生産性”を向上させるという方法です。私はこの30年、それだけに注力してきたと言っても過言ではありません。


人時生産性は次の式で求めます。

人時生産性計算式

 仮に利益を2倍にする目標を立てるとします。分子の金額を増やしたくなりますが、それは困難です。売上高を2倍にするには、旅館なら部屋数を2倍にするなどの投資が必要だからです。すると、分母を半分にするしかないわけです。それなら作業の見直しと訓練だけで実現可能です。

客室入口売店内部

売店(免税店)をはじめ館内では随所に英語を併記。宿泊客の40%が外国人(1位中国、2位台湾、3位香港)で、従業員はその環境のなかで英語を身につけていく。

――労働時間の短縮ですね。具体的にはどのように減らしたのですか。


小川:当社の場合、まず人時生産性を1週間ごとに算出し、過去のデータと比べます。そして数字が落ちていれば、実際に仕事をしている人には原因が思い当たるものです。それを部署などで共有し、改善を図る。それを積み重ねてきました。 改善策はさまざまです。例えば、客室案内係やお客様の履物を出し入れする下足番は廃止。布団はお客様に敷いていただき、シーツは扱いやすいボックスタイプにする。担当業務の割り振りに柔軟性を与え、フロント係も配膳をする。あとは訓練で効率を上げました。

 大切なのは、こうした改善の“知恵”が仕事をしている当人たちから出てくるようにすることです。そのためには、彼らに自分で生産性を計ってもらう必要があります。そうすることで当人が数字を自分事として受け止め、少しでも改善しようと自発的に行動を起こせます。管理監督者だけが数式を理解していても意味がありません。

教育は期待のできる人に集中させる

――社員が自ら数字を見ることで自発的行動が促されるのですね。

小川:そうです。そのためには、明確でわかりやすい目標設定も大切です。当社は人時生産性5000円を目標にしてきました。1980年代は約1400円。30年がかりで5000円にできました。5000円の根拠は、1人当たり年間1000万円を稼ぐとして年間の労働時間2000時間で割ると5000円です。一方、全従業員の平均年収は370万円が目標でしたから、給与、賞与、保険など人にまつわる費用を粗利益高の37%に収めればよいことになります。わかりやすいですよね。
 もっとも数式を充分に体得して全体に活用できるようになるには、実務経験も理論的知識もかなり必要で、10年近くかかります。ですが、当社を大きくしていくには、そういう人材こそ幹部に何人も必要であり、コストと時間をかけて育てているところです。

――そのような幹部育成を含め、人材教育にはどのように取り組まれているのですか。

小川:当社の場合、入社すると、教育というより、まずは“訓練”です。先輩から仕事を教わり、言われたとおりにできるかどうか。今、マニュアル整備にも取り組んでいます。
 教育コストは集中させます。やる気の有無にかかわらず全員にコストをかけてもしかたがありません。まず、25歳以上になると外部のセミナーに必ず行かせます。そこで一定の成績を収めた人は当社の“選抜チーム”に入り、次の段階の外部教育を受けさせます。その後も外部セミナーが中心ですが、よしと思った人には教育費をかけていきます。
 一般教育では、希望する社員が費用の半分を自分で積み立てる海外研修制度があります。アメリカでさまざまな第3次産業に触れてもらうのです。店舗見学、宿泊体験、それに飲食。飲食は1日6食という難行ですが、皆とても成長しますよ。この教育は非常に手応えがあるので重視しています。

生産性の向上が新しい仕事をつくる

芸者芸能体験プラン

外国人観光客に好評の芸者芸能体験プラン。


農園体験プラン

農園体験プランには、柑橘類の収穫やジュースづくりのほか自然薯掘りなどもある。

――御社は近年、斬新な旅行商品でも注目されています。そのような展開と生産性の関係を教えてください。


小川:私は、地域活性化の鍵はやはり“商品づくり”だと考えています。食べ物、温泉、景色といった名産は、いわば“地の利”です。地域に根ざした旅館やホテルが、それを使った商品づくり、商品開発に率先して取り組むべきなのではないでしょうか。そのためにはまず、利益を残さなければなりません。全員が旅館の現業に追われているだけでは、新たな商品開発を行う余裕はないからです。

 当社は、地元のお酒や食材を生かした企画はもちろん、農園、寄木細工、芸者芸能体験プランなど、地域と連携したさまざまな商品を生み出していますが、これは担当者らが日頃から方々へ足を運び、交流を重ねてきた結果、実現できているものです。これは生産性を高め、利益を残せた結果にほかなりません。旅館の現業ではない仕事のために、そういう部署をつくり、そういう人材に働いてもらうことができるようになった。利益を残せて初めて、リスクの低い健全な形で新しい挑戦を可能にする“余裕”を手にできます。適切な生産性が、挑戦を可能にする基盤をつくるのです。


――今後の展望と地方創生へのお考えをお聞かせください。


小川:今、当社の人時生産性は5300円です。この先はこれを維持していきます。生産性が高くなりすぎると、お客様が享受できるはずの品質が保たれないかもしれないからです。そして、次の30年は投資に入っていきます。客室稼働率は、価格を安くすれば必ず上がりますし、生産性を追求すればどんな値段でも利益を得られる仕組みはつくれます。つまり、同じ仕組みの店をいくつでも安定した形で増やせるのです。

 重要なのは、当社の人時生産性を中心とした取り組みが原理原則に沿っているだけだという点です。その原理原則は、誰もが理解でき、国にも地方にも、会社にも個人にも当てはまる普遍性を持っています。地方創生のための方策の1つとして、このような原理原則の共有を目指すのも、合理的だと私は思っています。


■ ■ ■


プロフィール

小川晴也氏
小川 晴也(おがわ・はるや)

1949年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本ユニバック株式会社(現・日本ユニシス株式会社)入社。汎用大型コンピューター全盛期に営業職を務める。1978年、生家に戻り、株式会社一の湯入社。1986年、代表取締役社長に就任し15代当主となる。バブル期の1980年代に1万円を切る「正札販売」で注目され、その後もさまざまな先進的取り組みを成功させて、同社は2008年に第4回「ハイ・サービス日本300選」、2015年に第6回「かながわ観光大賞」の最高賞(大賞)を受賞した。

DATA

組織・団体名  株式会社一の湯
住所      〒250-0315 神奈川県足柄下郡箱根町塔ノ沢90
創業      寛永7(1630)年
Webサイト   http://www.ichinoyu.co.jp/

組織図

一の湯 組織図.gif

一の湯.gif

この事例に対するレビュー






    タグ

    • 地方創生実践事例
    • 人材育成
    • 地元産業振興
    • コラボ
    • 生産性
    • 地域活性化
    • 関東地方

    シェアする