起死回生、従業員全員が知恵を出し生産性を向上
神奈川県足柄下郡箱根町
株式会社一の湯
代表取締役社長 小川 晴也 氏
主な取り組み
◎低価格の温泉旅館・リゾートホテルのチェーン展開(箱根エリアに7店舗)
◎生産性向上による業務効率化、付加価値の拡大、賃金向上
◎生産性の見える化と全従業員の自発的な取り組みの促進
◎地域資源を生かした体験プランなどによる新規顧客の獲得
◎掲示物などの英語併記による訪日外国人対応
など
苦境のなかで出合った“生産性”の理論

塔ノ沢一の湯本館は風情ある4層建て数寄屋造り。2009年、国指定登録有形文化財に指定された。
――1970年代から1990年代にかけて苦しい経営が続いたとお聞きしています。
小川:私が入社する4年前、1974年に当社初の2店舗目としてホテルを新築・開業したのですが、これが苦境の始まりでした。しかも一方、本館はと言えば、団体客が多いのに川沿いに立地する関係で拡大もできない。箱根有数の老舗旅館でありながら、結局その後のバブル期も、周囲は賑わうなか、当社は立ち直れなかったのです。
八方塞がりの状況で門を叩いたのが戦後日本を代表する経営コンサルタント、渥美俊一先生が立ち上げたペガサスクラブでした。1985年のことです。その後、渥美先生にいろいろなことを教わり、当社の状況でも取り組めそうな「これだ!」という方法に出合いました。
――それはどのような方法なのでしょうか。
小川:1人1時間当たりの粗利益高“人時生産性”を向上させるという方法です。私はこの30年、それだけに注力してきたと言っても過言ではありません。
人時生産性は次の式で求めます。


売店(免税店)をはじめ館内では随所に英語を併記。宿泊客の40%が外国人(1位中国、2位台湾、3位香港)で、従業員はその環境のなかで英語を身につけていく。
――労働時間の短縮ですね。具体的にはどのように減らしたのですか。
小川:当社の場合、まず人時生産性を1週間ごとに算出し、過去のデータと比べます。そして数字が落ちていれば、実際に仕事をしている人には原因が思い当たるものです。それを部署などで共有し、改善を図る。それを積み重ねてきました。 改善策はさまざまです。例えば、客室案内係やお客様の履物を出し入れする下足番は廃止。布団はお客様に敷いていただき、シーツは扱いやすいボックスタイプにする。担当業務の割り振りに柔軟性を与え、フロント係も配膳をする。あとは訓練で効率を上げました。
大切なのは、こうした改善の“知恵”が仕事をしている当人たちから出てくるようにすることです。そのためには、彼らに自分で生産性を計ってもらう必要があります。そうすることで当人が数字を自分事として受け止め、少しでも改善しようと自発的に行動を起こせます。管理監督者だけが数式を理解していても意味がありません。
教育は期待のできる人に集中させる
生産性の向上が新しい仕事をつくる

外国人観光客に好評の芸者芸能体験プラン。

農園体験プランには、柑橘類の収穫やジュースづくりのほか自然薯掘りなどもある。
――御社は近年、斬新な旅行商品でも注目されています。そのような展開と生産性の関係を教えてください。
小川:私は、地域活性化の鍵はやはり“商品づくり”だと考えています。食べ物、温泉、景色といった名産は、いわば“地の利”です。地域に根ざした旅館やホテルが、それを使った商品づくり、商品開発に率先して取り組むべきなのではないでしょうか。そのためにはまず、利益を残さなければなりません。全員が旅館の現業に追われているだけでは、新たな商品開発を行う余裕はないからです。
当社は、地元のお酒や食材を生かした企画はもちろん、農園、寄木細工、芸者芸能体験プランなど、地域と連携したさまざまな商品を生み出していますが、これは担当者らが日頃から方々へ足を運び、交流を重ねてきた結果、実現できているものです。これは生産性を高め、利益を残せた結果にほかなりません。旅館の現業ではない仕事のために、そういう部署をつくり、そういう人材に働いてもらうことができるようになった。利益を残せて初めて、リスクの低い健全な形で新しい挑戦を可能にする“余裕”を手にできます。適切な生産性が、挑戦を可能にする基盤をつくるのです。
――今後の展望と地方創生へのお考えをお聞かせください。
小川:今、当社の人時生産性は5300円です。この先はこれを維持していきます。生産性が高くなりすぎると、お客様が享受できるはずの品質が保たれないかもしれないからです。そして、次の30年は投資に入っていきます。客室稼働率は、価格を安くすれば必ず上がりますし、生産性を追求すればどんな値段でも利益を得られる仕組みはつくれます。つまり、同じ仕組みの店をいくつでも安定した形で増やせるのです。
重要なのは、当社の人時生産性を中心とした取り組みが原理原則に沿っているだけだという点です。その原理原則は、誰もが理解でき、国にも地方にも、会社にも個人にも当てはまる普遍性を持っています。地方創生のための方策の1つとして、このような原理原則の共有を目指すのも、合理的だと私は思っています。
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