ICTを利用した“見える化”で過疎地のバス路線を再生
埼玉県川越市
イーグルバス株式会社
代表取締役社長 谷島 賢 氏
2006年に大手バス会社から埼玉県日高市発着の赤字路線を引き継いだイーグルバスは、乗降センサーやGPSを用いた精密な運行状況データの取得とアンケート調査などでバス運行計画を最適化し、赤字路線を再生した。ほかにも川越市で観光巡回バスを運行したり、「川越きものの日」の企画を推進したりするなど、地方創生に関する取り組みを進めている。
主な取り組み
◎ICT活用によるバス運行状況のデータ収集
◎アンケート調査による住民ニーズの把握
◎バス交通計画の最適化
◎川越での観光巡回バス運行
◎乗務員の英語教育
◎「川越きものの日」の企画推進
など
ICT活用とアンケート調査で運行計画の脱“勘頼み”
──バス運行にICTを利用されるようになったきっかけについてお話しください。
谷島:近年、地方の路線バスは9割が赤字です。埼玉県西部地域のバス路線も赤字で、2006年3月末に大手バス会社が撤退しました。その路線をイーグルバスが引き受けたのですが、単にお金で維持するのではなく、地域の足として確保することが重要だと考えました。そのためには現状の“見える化”をしなければいけなかったのです。事業計画はそれまで勘と経験で組んでいたのですが、データをもとに現状分析を行い、その結果を利害関係者でシェアする方向に変えました。こうした取り組みを2006年から始めて、もう10年以上たちます。私どもの会社はICT活用と紹介されることも多いのですが、私たちは、ICTはあくまでも現状を見るためのツールであり、これを活かす人間力が重要と思っています。
──具体的にはどのような分析をされたのでしょうか。
谷島:バスに乗降センサーとGPSセンサーを付けて、バス停ごとの乗降人数、バス停間の乗車人数や運行の遅延を“正確に、精密に、継続的に”収集しています。そして、自社開発のソフトで、まったく利用されていない時間帯や乗降客のいないバス停、遅れが発生する場所などを“見える化”し、問題点を洗い出しました。また、3年に1度、全戸アンケートを取って住民ニーズを調査しているのですが、単に今の需要を調べるだけではなく、今後のライフスタイルを尋ねることで将来の予測も行っています。
──データはどのように活用されていますか。
谷島:データをもとに乗降客のいないバス停や路線の見直し、バス停の新設や移動を行いました。アンケート調査については、通勤客が多い朝夕の時間帯は駅の乗り換え時間を3分、高齢者が多い日中は10分にするといったお客様に合わせたダイヤ改正に活用し、成功しています。埼玉県ときがわ町では、コストを上げずに本数を増やすために「ハブバス停」を設けました。このハブバス停に行政機関や商業施設を集めて地域を活性化するモデルを東秩父でオープンしました。
改善過程の“見える化”も重要です。最初にデータで現状を把握したあと、社員のアイデアを入れて改善案をつくり、それをPDCAで再評価します。出口戦略を立ててきちんと結果を評価しないと、人は乗らない、コストはかかっている、どうしようかというところで行き詰まります。データ収集から評価、出口戦略までをきちんと体系化してやっているのが、今の私たちの取り組みです。
地域活性化に求められる交通計画
──地方の交通計画ではどんなところに留意すべきでしょうか。
谷島:収支改善だけを考えてデータの“見える化”をすると、不採算路線は切り捨てようと考えがちです。しかし、乗降客数が少なくても、そのなかには週2回病院に通っている高齢者が含まれているかもしれないわけです。表面的な数字だけで、不採算だと切ってしまっていいのかという話です。データの上っ面だけを捉えないで、数字の下に隠れた真実を見なければいけません。また、将来どうなるか、どうあるべきかという判断でなければいけません。アンケートを取ると、今、車に乗っている方の大半は困っていないと言うのですが、高齢者の方は5年後、10年後は車に乗れなくなります。将来、大変なことになることを考えて、今の判断をすることが必要です。
──収支改善のポイントはほかにどのようなものがあるでしょうか。
谷島:私たちは、ハブ&スポークやダイヤ最適化などのいろいろなメニューをつくって展開してきました。しかし、最終的には利用者を増やしていかなければ、バスは維持できません。一番現実的な方法は、観光客を生活路線に取り込むことです。地方の路線バスは、通勤・通学時間が終わると昼間は空気を運んでいる状況です。昼間観光客に乗っていただければ、需給ギャップを埋め合わせることができます。一見、生活路線と観光は違うように思えますが、実は非常に相性がいい組み合わせなのです。バス事業の改善という個別政策ではなく、観光を使った地域おこしという包括政策のなかのバスの役割を考えると、バスは生き残れると思っています。
東秩父村には「和紙の里」という体験型施設があるのですが、村営バスと私たちのバスを統合再編してハブ化し、そこにショッピング施設や観光施設を入れて、人を引き付けてバスを利用していただき、維持するということをやっています。この計画がまさに地方創生だと思っています。
地方創生に必要な人材とは
──地方創生にはどのような人材が必要だとお考えでしょうか。
谷島:さまざまな省庁が、地方創生に関連して補助金などの支援策を実施しています。それらを全部把握していて、何をどう使うかを組み合わせられる能力が必要ですね。この能力を持った人材は誰でも欲しいと思います。私たちも全部調べて、問い合わせて、説明を聞きにいくのですが、ダメだとか、もう間に合わないと言われることがあります。国の政策や支援に対する知識を持っている方が必要でしょう。
また、地域によって事情は全然違います。その地域がどういうところかを調べて、どのタイプが当てはまるかを判断する能力が必要かもしれません。地域に明るくないとどうしようもないですから、地域に明るい人と制度をよく知っている人を組み合わせてチームをつくるという考え方もあります。オールマイティでやれる方というのはなかなか難しいですよね。
──観光振興にはどのような取り組みが必要でしょうか。
谷島:例えば川越では、昔懐かしいボンネットバスを運行するとともに、「着物で歩ける街」「英語が通じる街」といった取り組みを進めています。着物については5年前に「川越きものの日」実行委員会をつくって、着物を着ると割引してくれる協賛店を募りました。英語についてはスピードラーニングの社長と組んで、運転手が英語対応できるように教育しました。川越は2020年東京オリンピックでゴルフが開催されることになっているのですが、市民ボランティアを100名組織するために英語のコミュニケーションコンテストも開催しています。
こうした取り組みを進めるには、企画を考える人を育成するのではなくて、お店のオーナーなどの直感をサポートし、発想を具現化する役割が必要だと思います。発想を具現化するには、コストなどいろいろかかってきますよね。発想する人を育成するのはなかなか難しい。なので、発想を後押しする人を育成したほうがいいと思うのです。
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プロフィール
谷島 賢(やじま・まさる)
1954年埼玉県生まれ。1978年成蹊大学法学部卒業後、東急観光株式会社に入社。1981年に同社を退社後、先代が1980年に創業したイーグルバス株式会社に入社。2000年より現職。イーグルバスを、社会課題を解決しつつ利益を出せる“社会的企業”と位置づける。社長業をこなしながら英国ウェールズ大学(日本校)でMBAを取得し、埼玉大学大学院で理工学の博士号も取得。筑波大学大学院客員教授を務めるほか、政府の政策審議会など公職多数。
DATA
組織・団体名 イーグルバス株式会社
住所 〒350-0042 埼玉県川越市中原町2丁目8-2
設立 1980年4月
Webサイト http://www.new-wing.co.jp
グループ企業の連携図